大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和49年(行ウ)21号 判決

京都市上京区下立売通浄福寺東入下丸屋町四九六番地

原告

金子一夫

右訴訟代理人弁護士

小野誠之

京都市上京区一条通西洞院東入元真如堂町三五八番地

被告

上京税務署長 篠原秀峰

右指定代理人

上原健嗣

河田穣

森野満夫

北野節夫

仲村清一

神谷明

長田憲二

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告の昭和四六年分所得税について同四七年七月二四日付でなした更正部分(異議決定により一部取消後のものをいう。)のうち分離短期譲渡所得金額につき一〇、八四〇、一八八円を超過する部分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告に対し、その昭和四六年分の所得税について、昭和四七年三月一三日別表一の(一)欄記載のとおり確定申告したところ、被告は、同年七月二四日同表(二)欄記載のとおり分離短期譲渡所得金額を一五、四八六、三九〇円とする更正処分をなしたので、原告は右処分に対し異議申立てたところ、同年一一月二九日、右短期譲渡所得金額を

一二、九八五、一八八円とする旨の異議決定が同表(三)欄記載のとおりなされた。原告は右異議決定による一部取消後の更正処分(以下「本件更正処分」という。)を不服として更に国税不服審判所長に対し審査請求したが、昭和四九年七月二九日棄却の裁決がなされ、右裁決書謄本は、同年八月二六日原告に送達された。なお、異議決定における税額計算に誤まりがあるという理由により昭和五三年四月一五日に所得税額についての再更正処分が別表一の(五)欄記載のとおりなされている。

2  ところで、原告の昭和四六年分の分離短期譲渡所得金額は、一〇、八四〇、一八八円であり、本件更正処分は、右金額を超える分離短期譲渡所得についての原告の所得を過大に認定した違法なものであるから、右超過部分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2の主張は争う。

三  被告の主張(抗弁)

原告の昭和四六年分の所得金額は以下にみるように総所得金額六三八、五六五円、分離短期譲渡所得金額

一四、九八六、三九〇円であり、本件更正処分は右所得金額の範囲内でなされているから適法である。

1  総所得金額について

不動産所得金額五四四、五六五円、給与所得金額九四、〇〇〇円の合計額六三八、五六五円が原告の昭和四六年分の総所得金額となる。

2  分離短期譲渡所得金額について

原告の昭和四六年分の分離短期譲渡所得金額は以下にみるように総収入金額三、二〇〇万円から取得費及び譲渡費用一七、〇一三、六一〇円を控除した残額一四、九八六、三九〇円である。

(一) 総収入金額

原告は、滋賀県甲賀郡信楽町大字杉山宇西谷六八二番の一、同所六八三番の一、同所六八四番、同所六八七番所在の各山林合計面積一六、三八一平方メートル(以下「A物件」という。)同所六七八番の一所在の山林面積

一四、三九〇平方メートル(以下「B物件」といい、A物件と合わせて「本件山林」という。)を昭和四六年六月一日、株式会社松葉商事(以下「松葉商事」という。)ほか三名に対し、代金三、二〇〇万円で譲渡した。したがって、本件山林の譲渡価額は三、二〇〇万円であり、右金額が原告の昭和四六年分の分離短期譲渡所得における総収入金額となる。

(二) 取得費及び譲渡費用

以下にみる本件山林の購入価格、取得時及び売渡時における答記料、仲介手数料の合計額一七、〇一三、六一〇円である。

(1) 購入価額

原告は訴外広沢慶次郎から同人所有のA物件を昭和四二年六月二八日に代金八五〇万円で、B物件を昭和四五年二月二〇日に代金七〇〇万円でそれぞれ買い受けた。したがって、本件山林の購入価額は一、五五〇万円である。

(2) 登記料

本件山林を原告が取得する際に支払った登記料一二、三六〇円及び、本件山林の譲渡に際して支払った登記料一、二五〇円の合計額一三、六一〇円である。

(3) 仲介手数料

本件山林の譲渡に際して原告が仲介者である洞源一、森田芳造に支払った手数料各五〇万円及び本件山林の買主でもある松葉商事に対して不動産仲介のための手数料の趣旨で支払った五〇万円の合計額一五〇万円である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張の前文は争う。同1は認める。同2の前文は争う。同2(一)は認める。(但し、原告が松葉三治に支払った仲介手数料五〇万円は本件山林の売買代金の減額ともみうるから、予備的に本件山林の譲渡価額を三、一五〇万円と主張する。)同2(二)のうち、前文及び(3)は争うが、(1)、(2)は認める。

五  被告の主張に対する原告の反論

1  仲介手数料について

以下にみるように、原告は本件山林の譲渡に際し合計三〇〇万円の仲介手数料を支払っており、右金額は全額必要経費に算入されるべきものである。

(一) 原告は松葉三治に対し、昭和四六年六月一日に五〇万円、同年七月一日に五〇万円を支払った。

右金額は松葉三治が本件山林の買主の一人であることから、売買代金の減額ともみうるが、実質は仲介としての礼金である。

(二) 原告は洞源一、森田芳造の両名に対し、昭和四六年七月二日合計二〇〇万円を支払った。

2  株式会社京証(以下「京証」という。)への出捐(以下「本件出捐」という。)

(一) 原告は、昭和四五年三月三〇日、A物件を代金一、六〇〇万円で久田篤に売却することとし、代金は原告が久田に建築を請負わせた工事代金に充当させることとした。

(二) 久田篤はA物件を自らの物件として昭和四五年七月一四日、マルス産業株式会社(以下「マルス産業」という)に売却し、小切手を代金として受領したが、不渡りとなり、久田は原告のための請負代金に充当すべき金員を受領できず、久田とマルス産業の売買契約は解約され、更に、原告と久田の売買契約を解約し、登記名義を原告に復することになっていた。

(三) ところが、久田は右各売買契約解約後、自己名義の所有権取得登記を経由していることを奇貨として、原告の了承なく京証にA物件につき売買を原因とする所有権移転登記手続を経由し右物件を横領した。

(四) そこで、原告は京証と示談をし、昭和四五年一〇月一五日、一、〇〇〇万円でA物件を買戻し、同日、売買を原因とする所有権移転登記手続を経由した。

(五) 右買戻費用一、〇〇〇万円のうち原告は一部弁済を受けたが、久田が倒産したため金一、六四五、〇〇〇円が回収不能である。

(六) ところで右回収不能の買戻費用一、六四五、〇〇〇円は、所得税法(以下「法」という。)三三条三項所定の「譲渡費用」又は「資産取得費」ないし同法六二条、同施行令一七八条所定の「資産損失」に該当するから、経費に算入すべきものである。

六  原告の反論に対する被告の再反論

1  仲介手数料について

(一) 松葉三治に対する支払について

松葉三治は本件山林の買主の一人であり仲介者でないから原告から仲介手数料を受領すべき筋合になく、現に右手数料を受領していない。ただ、松葉三治は、洞源一、森田芳造外二名の依頼により同人らに支払うべき仲介手数料五〇万を原告より昭和四六年六月一日受領し、同日、右四名の者に交付したことはある。

(二) 洞源一、森田芳造に対する支払について

原告は、さらに、昭和四六年七月二日、洞源一、森田芳造の両名に二〇〇万円の仲介手数料を支払ったと主張するが、前記(一)の五〇万円以外に原告が右両名に支払った仲介手数料は一〇〇万円のみであって、これ以外にない。

2  京証への出捐について

(一) 京証への出捐に関する原告の主張を争う。右出捐の現実の負担者は原告ではなく、金子かつである。

(二) 仮に、原告が本件出捐をなしたとしても、左記理由により譲渡費用又は取得費に算入されないものである。

(1) 法三三条三項所定の譲渡費用とは「当該譲渡のため直接要した費用及び立退料、取壊費用、違約金その他譲渡価額を増加せしめるため当該譲渡に際して支出した費用」(所得税法基本通達三三―七)であり、当該価額による譲渡を実現するために当該譲渡に際して直接必要な支出に限られ、本件出捐は譲渡費用に該当しない。

(2) 法六二条、同法施行令一七八条所定の「資産損失」というためには、A物件が右施行令一七八条一項各号所定事由に該当することが必要であるが、右所定事由に該当せず、又、原告が久田に対し求償権を有しており損失はない。

(3) 法三三条三項所定の「資産の取得費」とは、当該資産を取得するために直接必要な費用をいい、納税者が譲渡に関してなした出捐が納税者の究極的負担に帰する必要があり、出捐に伴ない同額の求償権を取得する本件出捐を右「資産の取得費」とみることはできない。さらに、京証が久田もしくは原告に対する貸金の譲渡担保としてA物件の所有権移転登記を経由したものとすれば、原告は久田の負担する債務の代位弁済もしくは自己負担債務の弁済として本件出捐をなしたことになり、法所定の取得費用に該当しないこと明白である。

(4) 本件出捐は原告が施主となっていた京都市中京区東洞院通錦小路下ル阪東屋町六七〇番地に建築したビルディングの請負工事に伴ない、右ビル工事の遂行上請負人久田に代わって弁済したものにすぎず、本件山林の譲渡とは無関係である。

第三証拠

一  原告

1  甲第一ないし第二九号証、第三〇号証の一ないし三、第三一ないし第四三号証(第二六ないし第二九号証はいずれも写である。)

2  証人森田芳造、同小笹誠一、原告本人。

3  乙第一号証の一、第二、第三号証、第一〇号証の一、第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証は、いずれも官署作成部分の成立を認めるが、その余の部分の成立は不知、第一号証の二ないし五、第一〇号証の三、同号証の七はいずれも成立は不知、第一〇号証の二の成立は否認し、その余の乙号各証はいずれも成立を認める。

二  被告

1  乙第一号証の一ないし五、第二、第三号証、第四ないし第九号証の各一、二、第一〇号証の一ないし七、第一一、第一二号証の各一、二、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一五、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証。

2  証人住永満、同松葉三治

3  甲第七号証、第一〇、第一一号証、第一四ないし第一七号証、第二二号証、第二五号証、第三〇号証の一ないし三、第三一ないし第四一号証の成立はいずれも不知。その余の甲号各証の成立はいずれも認める。(第二六ないし第二九号証については、原本の存在及びその成立を認める。)

理由

一  請求原因1の事実(課税の経緯)については当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の適否

1  原告の係争年分の不動産所得の金額が五四四、五六五円、給与所得の金額が九四、〇〇〇円、総所得金額が六三八、五六五円であることについては当事者間に争いがない。

2  分離短期譲渡所得金額について

(一)  原告が広沢慶太郎から、昭和四二年六月二八日にA物件を代金八五〇万円で、同四五年二月二〇日にB物件を代金七〇〇万円で買受け、右AB両物件を昭和四六年六月一日に松葉商事ほか三名に対し代金三、二〇〇万円で譲渡したことについては当事者間に争いがない。

(原告は、右売買契約締結後松葉三治に支払った仲介手数料五〇万円を右松葉が売買契約の当事者である松葉商事の代表者でもあることから売買代金の減額ともみるべきと主張するが、右金額の支払いが契約成立後であり、従前の売買代金を変更したものとも認められないから、右売買代金は三、二〇〇万円というべきである。)

右事実によれば、他に譲渡所得を生ずべき事実の主張、立証もないから、前記三、二〇〇万円が分離短期譲渡所得における総収入金額と認められる。

(二)  右総収入金額から控除すべき取得費及び譲渡費用について、本件山林の購入価額が一、五五〇万円、取得時登記料一二、三六〇円、売渡時登記料一、二五〇円であることについては当事者間に争いがない。

(三)  原告は、本件出捐金一、〇〇〇万円のうち未回収の一、六四五、〇〇〇円について右総収入金額から控除されるべきであると主張(事実摘示第二、五、2)する。

しかし、右の本件出捐金なるものは、原告の主張によっても原告から久田へ、久田からマルス産業へのA物件の売買が解除された後、久田がA物件の所有名義が自己にあることを奇貨とし、同人の京証に対する債務の担保として京証に所有名義を移転していたものを原告が久田に代り一、〇〇〇万を支払ってA物件の所有名義を回復したというのである。

そうすると、本件出捐金はA物件の取得に要した金額でもなく、又は設備費或は改良費(法三八条一項参照)でも無いことは明らかであり、他にこれをA物件の取得費と認めるべき資料も無いから、右がA物件の取得費であるとの原告の主張は採用し難い。

原告は、本件出捐金はA物件の譲渡費用であるとも主張するが、法三三条三項所定の譲渡費用とは、当該資産の譲渡に際して支出した仲介手数料、運搬費、登記登録費用その他譲渡を実現するために直接必要な支出を意味するものと解され、原告主張の費用は右譲渡費用に含まれないというべきである。

さらに、原告は本件出捐金を法六二条による資産損失として短期譲渡所得の金額の計算上控除すべきと主張するが、法六二条所定の資産損失は「生活に通常必要でない資産として政令で定めるもの」を対象とし、所得税法施行令一七八条一項によれば右の「生活に通常必要でない資産」とは、「競争馬その他射こう的行為の手段となる動産」、「通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する不動産」、「生活の用に供する動産で第二十五条(譲渡所得について非課税とされる生活用動産の範囲)の規定に該当しないもの」の三つに限定されており、本件山林について受けた損失である本件出捐金が右資産損失に含まれないことは規定上明らかというべきである。従って、原告の右主張もその余の点につき判断するまでもなく失当というべきである。

よって、原告主張の本件出捐金は短期譲渡所得の金額の算定にあたり控除すべき費用に該当しないものと認められる。

3  次に、本件山林の売買に関する仲介手数料について、原告は三〇〇万円と主張しているのに対し被告は一五〇万円と主張しているが、仮に原告主張の仲介手数料の支出があるとして短期譲渡所得金額を計算すると一三、四八六、三九〇円となり(前記総収入金額三、二〇〇万円から取得費及び譲渡費用として争いのない金額一五、五一三、六一〇円と原告主張の仲介手数料三〇〇万円を控除した金額)、右金額は異議決定による一部取消後の短期譲渡所得金額を上回るから、仲介手数料が仮に原告主張額であったとしてもそれをもって本件更正処分を違法ならしめる事由とはなし難い。

三  そうすると、本件更正処分における被告のなした原告所得金額の認定は相当であり、他にこれを違法とすべき理由もないから、原告の本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石井玄 裁判官 野崎薫子 裁判官 岡原剛)

別表一 (課税経過表)

別表二 (被告主張の所得金額)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例